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すてにゃんのブログです

悪意を持った人間は居ないという風な生き方

性善説って単語を使いそうになったけど、どうやらこれは誤用だったので記事タイトルのような表現になった。

「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ」というのが性善説、 「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ」というのが性悪説です。
性善説と性悪説のよくある誤解、他

具体的にどういうことなのか

仕事だったりプライベートだったりで、人と関わっていると困ったことが起きることがあるかもしれない。自分がいやな気持ちになることが起きることがあるかもしれない。色々ありそうですね。
そういうとき、どうしますか?「いま嫌な気持ちです!」とはっきり言うのもありかもしれない、まあもちろん状況にもよりそう。で、何故そういった状況になったのかを分析して、誰々のせいでわたしは~!とムカッとするかもしれない。

人間なので、ムカッとする気持ちはわかるけども、その前の「分析」がそもそも100%と言えますか?100%は無理だと思う。自分以外の人がどういう気持ちでどういう状況で行動をしているのか、発言をしているのかなんて自分にはわからない。そもそも自分のことすらわからないこともある。

何だかまとまりのない文章になってきたけど、こういうとき私は、「その人には悪意はないし、決してあえて私をムカッとさせたかったわけではないだろう」と思っています。「やむを得なくそういう状況になってしまったのだろう」とか、「ちょっとしたミスだったのかもしれない」とか、「そもそも私が何か勘違いしているのかもしれない」とか、そういうふうに考えるようにしている。

もちろん、悪意を持って行動する人もいるだろうとは頭の片隅にはおいてますが、少なくとも私の会社には現時点ではいないし、私と仲良しの人たちもそういう人はいない。故に私は安心してこういう生き方をする。会社の人に「すてにゃんはイイヤツだな」と言われることがありますが、それは会社の皆さんが「イイヤツ」だからというのもあります。皆さんのことをホントに信頼している。この前提がなければ、仕事のタスクに真面目に取り組みづらいと思う。「この大変なタスクを(悪意もって)私に振ってるんだろうな」とか考え始めそう。ちゃんとコミュニケーションとっていきたいですね。コミュニケーションとったとしてもちょっとした勘違いはいつだって発生しうるので難しいところですが。

突然思い出したのですが、私の好きな作品「アイカツ!」でも、悪意を持つ人間はいなかった。皆さん真面目にアイドル活動をがんばっていて、もちろんトップに君臨できるアイドルは限られているが、誰かのアイドル活動を悪意持って妨害する人間などはいませんでした。この状態を目指したい。

自分のことが好き

ついでに書きますが、私は自分のことが好きだと思いこむようにしています。

インターネットを見ていて、自分のことが嫌いだったり、ずっとつらそうにしている人を見ていると何となく自分もつらくなってしまうことがあります。友達や好きな人がとてもネガティブで、「こんな最悪な私と遊んでくれるなんて申し訳ない…」とか言われるとどうですかね?いやいや、最悪な人物ならそもそも遊ばないし、と思いそう。私は元々ネガティブな面があり、自分に自信がなかったりします。自分のスキル以上に注目される場面がたまにある気がしてる。いやいや私はそんなすごくない、みたいな。

でもこれはちょっと微妙かなと。私が見ていて好きな人は、自分に自信を持っている。ナルシストはなんとなくちょっと嫌かもしれないけど(何故私がナルシストをちょっと嫌うのかはうまく言語化できないが…)、ものすごくネガティブな人より好きかもしれない。そう思って自分のことを好きでいようという気持ちでしばらく過ごしてます。自分最高~。実際、私はプログラミングもするし、音ゲーやDJだったり趣味もそれなりに頑張っているし、他人と比較してどうかは知らないけど結構すごいんじゃないかな。そう思うようにします。私はすごいし、これからもっとすごくなっていこうかと思っています。